前田浩喜刑事裁判の確定判決 |
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平成14年◯5年 第6773号
平成14年10月5日確定 平成14年9月20日宣告 裁判所書記官 片 野 里知子
平成14年刑(わ)第524号
判 決
本籍 **********
住所 **********
*** 前 田 浩 喜
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上記の者に対する器物損壊事件について,当裁判所は,検察官中田和範,岩垂一登,磯村建出席の上審理し,次の通り判決する。
主 文
被告人を懲役6月に処する。
この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理 由
(罪となるべき事案)
被告人は,平成13年10月21日午後1時55分ころ,東京都港区赤坂9丁目7番9号所在の港区立檜町公園の南東出入口(通称「麻布口」)付近の歩道上において,佐藤聡が所持していた,木村美治所有のトランジスターメガホンにコードで接続されていたハンドマイクとその付け根の部分のコードを両手で持って,その接続部分を引きちぎり(損害額7825円),もって,他人の物を損壊した。
(証拠の標目)
括弧内の甲乙の番号は,証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号,弁の番号は,同カードにおける弁護人請求証拠の番号を示す。
・ 被告人の当公判廷における供述
・ 証人 佐藤聡の当公判廷における供述
・ 佐藤聡(3通。甲9,12及び25,いずれも抄本。)及び中島靖人(甲28)作成の各任意提出書。
・ 司法警察員作成の複写報告書(甲2),捜査報告書抄本(甲3),資料入手報告書(甲4),実況検分調査抄本(甲5),領置調書(4通。甲10,13,26及び29,ただし,甲10,13及び26は抄本),鑑定嘱託書抄本(甲15)及び資料複製報告書(甲27)
・ 司法警察員ら作成の聞き取り捜査報告書(甲17)
・ 検察事務官作成の電話聴取書(甲31)
・ 警視庁科学捜査研究所物理研究員中村昌義作成の鑑定書(甲16)
・ ビラ(「10/21全国一斉行動」との表題のもの)(弁3)
・ 押収してあるハンドマイク1台(平成14年押第732号の1・甲11),同トランジスターメガホン1台(同押号の2・甲14),同シャツ1着(同押号の3・弁6)及び同ビデオテープ1巻(同押号の4・甲30)
(補足説明)
1 弁護人は本件トランジスターメガホン(以下トラメガという。)のハンドマイク(以下「マイク」という。)のコードが被告人によって引きちぎられたとの立証がなされておらず,被告人は無罪である旨し,被告人も,当公判廷において,自分はマイクのコードを引きちぎったことはない旨供述するが,当裁判所は判示のとおり,被告人がマイクのコードを引きちぎったと認めたので,以下その理由につき補足して説明する。
2 佐藤聡(以下「佐藤」という。)は,マイクのコードが引きちぎられた状況に つき,当公判廷において概ね以下のとおり供述する。すなわち,私は平成13年10月21日に檜町公園で「テロにも報復戦争にも反対,市民緊急行動」という団体が主催する集会が開催されること,その集会にブントが組織的に参加することを聞き,ブント批判をするために,木村美治所有のトラメガとビラを持参して午後1時45分ころ檜町公園に赴いた。私は,一応同公園内の様子を確認してから,同日午後1時55分ころ麻布口(以下「本件現場」という。)に立ち,トラメガを入れた袋の紐をたすきがけにした上で,トラメガ本体を左脇に抱えて持ち,マイクを主に右手で,状況によっては左手に持ち替えながら,アピール行為を始めた。そのころはまだ集会は始まっていなかった。それから1分も経たないうちに,被告人らブントの活動家が駆けつけて来て,植え込みを背にした私を正面から集団で扇状に取り囲み,口々に「やめろ。」などと罵声を浴びせてアピール行為を妨害したので,私も大声で叫び,怒鳴り合いになった。そして,被告人が右手を伸ばして私の左胸を突いたので,その場で地面に尻餅をついた。抗議しようとした時,集会主催者側の八木隆次(以下「八木」という。)がすぐに割って入ってきた。この時点ではマイクとコードはきちんとついていて,マイクを左手に持ってトラメガ本体の上にのせるような形で持っていた。八木がトラメガでのアピール行為はしないでくれと言ってきたので,「それでは,ビラ撒きに切り替えます」と答えた。その後,周りのブント活動家がやじを飛ばし,それに私が答え始めてすぐに,私から見て八木の左やや後方の,手を伸ばせば届く位置にいた被告人が手を伸ばして,私が左手に持っていたマイクを奪い取り,被告人の腹の前付近で,片方の手でマイクを,もう片方の手でコードを握って,両方の親指側をくっつけた上でその両方のにぎりこぶしを上に立てるような形にして引きちぎった。見ていた限りでは両手を左右にそれぞれ広げるような派手なアクションはなかった。一瞬のことで被告人の行為を止めることはできなかった。すぐに,「何をするんだてめえ,マイク返せ,こいつがマイクを引きちぎった。」というようなことを言い,さらに被告人の服の胸のあたりを掴んで「交番に行こう。」というようなことを言いながら引っ張って行こうとしたが,周囲のブント活動家等に邪魔され引き離されてしまった。そこに,主催者側の松村や内田弁護士が来て,そのまま反対側の歩道に連れて行かれるような形で移動した。その途中,横断歩道上で,松村に対し,「スピーカーが破壊された。」と言い,マイクがなくなって配線が剥き出しになったコードを見せた。被害届を出すと明言したが,松村から,被害届を出すのは集会やデモ行進が終わるまで待って欲しいと言われたので承諾した。このときはマイクがなくなっていたが,その後ビラ撒きを終えてから,階段わきの地面に落ちているのを見つけた。当日のデモ行進終了後,赤坂警察署に行って被害届を提出し,同年11月30日,木村と連名で告訴状を同警察署に提出した。
3 そこで佐藤の上記供述の信用性について検討するに,同人は,マイクを引きちぎられた状況やその前後の経緯について,具体的かつ詳細に供述しているだけでなく,その供述内容は,同人の知人が本件現場において生起した出来事等を撮影したビデオテープの映像によって認められる当時の客観的状況にも符合している。すなわち,上記ビデオテープには,佐藤がトラメガによるアピール行為を始めた後,植え込みを背にして数人の人物に取り囲まれお互いに怒号し合っている場面,その際,被告人が佐藤から見て最も左側の位置に向かい合って立ち,同人が首から下げていたトラメガの紐を持ち上げようとしている場面,これに対し,佐藤が「何やってんだ,この野郎」などと怒鳴り,その直後尻餅をついている場面,佐藤が立ち上がったところに八木が来て「集会の主催者ですけれども」「この集会場の入り口で情宣とかしないでください」と話すと,佐藤が「じゃあビラ撒きに切り替えます」と言っている場面,その後も佐藤と同人の前にいた数人が怒鳴り合うとともに,植え込みの縁石に上がった佐藤と被告人がお互いに胸倉付近を掴み合い,その間に八木が割って入っている場面,その後佐藤が「テロリストが集会に参加してるぞ」「テロリスト」などと叫び,他方同人から見て八木の左側やや後方に位置していた被告人が,佐藤の方に両腕を伸ばしている場面,その直後それまで右側の方向を見ていた佐藤が,急に左方の被告人の方向に顔を向けて「やめろ」「何やってんだ」などと怒号し,さらに被告人の方向に身体を傾け,これを抱えて制止しようとする八木と揉み合いになりながら,「破壊したんだよ」「何やってんだてめえ」と叫びながら手を伸ばして被告人に掴みかかっている場面,その後も佐藤は八木の後ろに回った被告人の着衣を掴むようにして被告人に向かって行き,「何やってんだ,こら」「交番行こうぜ,交番」「来いよ,こら」などと怒号している場面,その後内田弁護士が割って入り,八木らと共に佐藤を制止しているが,このときにも佐藤は「あいつが暴力振るったんだ」「今犯罪が行われた,犯罪」と怒鳴っている場面,さらに,同弁護士,八木らが佐藤を道路の反対側に連れて行く途中,横断歩道上において佐藤が「スピーカーが破壊された」と話をしている場面等が撮影されており,これらの状況は佐藤の上記供述に符合するものであって,同人の供述を裏付けている。
そして,被告人が,「テロリストが集会に参加しているぞ」「テロリスト」などと叫んでいた佐藤の方に両腕を伸ばした直後,同人が急に被告人の方を向いて「やめろ」「何やってんだ」などと怒号し,さらに「破壊したんだよ」とか「交番行こうぜ,交番」などと怒鳴りながら被告人に掴みかかろうとするなどしたこと,その後内田弁護士や八木らに対しも,「今犯罪が行われた,犯罪」とか,「スピーカーが破壊された」などと発言していたことからすれば,佐藤は,被告人がトラメガのマイクのコードを引きちぎった場面を目撃していたと十分推認することができる。
また鑑定書(甲16)によれば,佐藤が携帯していたトラメガは,コードが伸びている方向への引っ張り荷重によってマイクとコードの接続部分が引きちぎれたと推定され,同人の供述する被告人の犯行態様と矛盾するところはない。さらに,トラメガの製造会社による引っ張りの強度実験の結果(資料入手報告書・甲4)によれば,平均約25.7キログラムの張力が加わることでマイクとコードの接続部分が断線することが明らかになっており,佐藤が供述する犯行態様によっても断線させることが十分に可能である反面,同人が述べるような小競り合いなどによっては容易に引きちぎれることはないことも認められる。
以上によれば,佐藤の上記供述の信用性は極めて高いと言うことができる。
4 これに対し,弁護人及び被告人は,佐藤の供述には虚偽ないし誇張が多く信用できない旨主張するが,同人の供述内容の多くは,上記ビデオテープによって裏付けられており,それが虚偽ないし誇張とまでは言えない。
また,弁護人は,被告人と佐藤の間にいた八木が,被告人がマイクのコードを引きちぎったところを見ていないと証言していることを指摘するが,上記ビデオテープによれば,八木は,犯行が行われたと考えられるときには,道路の方に顔を向けていて,佐藤や被告人の方を見ていなかったことが明らかであるから,八木の証言は佐藤の供述を左右するものではない。
5 一方,被告人は,当公判廷において,「集会場にいたときに佐藤のマイクの情宣が聞こえてきたので,八木に対して『あれをやめさせてくれ』と言ってすぐに集会場入口の方に向かった。現場に着いた時は仲間3,4人が佐藤に抗議していたので,その間に割って入って佐藤の目の前に立った。そこで,佐藤が『なんだてめえ』などと言って胸倉を掴むような状態になったので,僕も『こんなことが認められると思ってんのか。』というようなことを叫んで,おなかぐらいのところにあるトラメガの縁をつかんで斜め下に押し返すようにした。そのときマイクの部分に手をかけたという記憶はない。トラメガが入っていた布袋のひもをつかんだか否かについては記憶が定かでない。その後八木がすぐに入ってきた。それまでに佐藤が尻餅をつくとかいうようなことは全くない。八木が入ってきてから,八木の後ろで,『主催者の言うことを聞け。』というようなことを叫んだ。八木の肩越しに佐藤の顔に指をつきつけて,それを佐藤が払いのける,それをまた僕が払いのける,というようなことはあった。八木と佐藤との間で,ビラ撒きに切り替えますというようなやりとりはなかった。八木が来る前も後もマイクのコードを引きちぎったことはないし、佐藤から,コードを引きちぎったとか,交番に行こうとか言われた記憶もない」と供述する。
しかし,上記供述は佐藤が尻餅をついたこと,「ビラ撒きに切り替えます」と発言したこと,「交番行こうぜ」などと怒鳴ったことなど,上記ビデオテープの内容から明らかに認められる事実についても,そのようなことは全くなかったと述べるものであって,自己に不利益な部分についてことさらこれを否定しようとする供述態度が窺われ,信用し難い。
6 以上のとおり,高い信用性が認められる佐藤の上記供述,及びその他の関係各証拠によれば,判示のとおり,被告人がマイクのコードをその付け根部分から引きちぎった事実を優に認めることができ,弁護人及び被告人の主張は採用しない。
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法261条に該当するところ所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役6月に処し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予することとし,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項本文により被告人に負担させることとする。
(量刑の理由)
本件はブント戦旗派の活動家である被告人が,市民集会に参加した折,その開始直前に集会場入口付近でブント批判を始めた佐藤に対し抗議したところ小競り合いとなり,その際,同人の持っていたトラメガのマイクのコードを引きちぎったという器物損壊の事案である。
ところで,佐藤は平成9年ころからブント批判を繰り返した者であって,これまでのブントとの確執は根深く,過去には暴力沙汰さえあったことが窺える。また,佐藤は,平成13年10月7日に本件と同様の集会が開かれた際にも,集会場内でブントを批判するビラを配布するなどしたため,被告人を含むブントの関係者が佐藤に直接抗議したほか,これをやめさせるよう主催者側に要請するなどしたこともあった。そして,本件当日も佐藤がトラメガを用いてブント批判を始め,これを聞きつけた被告人が,主催者側に知らせるとともに本件現場に駆けつけ,既に佐藤に詰め寄っていた他のブント関係者ら数名と共に佐藤と怒鳴り合うなどしただけでなく,その後主催者側が仲裁に入ってからもなお小競り合いを続けている中で被告人が判示のとおり犯行に及んだことが認められる。以上によれば,本件に至る経緯には,佐藤とブント関係者との確執があったことは間違いないものの,本件が,検察官が主張するような,ブントによる佐藤に対する組織的な攻撃の一端として敢行された事件であるとは言えず,本件現場における佐藤のブント批判を聞いて駆けつけた被告人が佐藤と小競り合いをする中で憤激の余りマイクのコードを引きちぎった犯行と見るべきである。
しかしながら,そうは言っても,被告人は佐藤のブント批判やその態度に憤激し,本件犯行に及んだものであって,その経緯や動機に酌むべき事情が多いとは言えない。また,本件犯行時には既に集会の主催者側が仲裁に入り,佐藤もトラメガでのアピール行為を止めていた状況にあったことに鑑みれば,本件は佐藤に対する抗議行動の範ちゅうを超え,佐藤の表現行為を力で封じ込めようとしたものと評価できるのであって、悪質な犯行と言うべきである。
以上に加え,被告人は当公判廷において,不自然不合理な供述をし本件犯行を否認する一方,自らの行為を顧みることなく佐藤に対する批判に終始しており,反省の態度は全く窺われないばかりか,被害弁償もなされていないことをも併せ考えると,被告人の刑事責任は軽視することはできない。
しかし,本件における財産的損害は7825円にとどまること,被告人が本件犯行に至った経緯については佐藤にも行きすぎた面があったと言わざるを得ないこと,被告人にはこれまで前科がないことなど,被告人に有利な事情も認められる。そこで,上記の諸事情を総合考慮し,被告人に対しては懲役刑に処した上で,その刑の執行を猶予するのが相当と判断した。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑 懲役8月)
平成14年9月24日
東京地方裁判所刑事第1部
裁判長裁判官 川口宰護
裁判官 福士利博
裁判官 黒澤幸恵
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