1999年4月15日発行の雑誌『インパクション』113号
(編集・発行/インパクト出版会)に掲載された佐藤悟志の文章。
「UNIDOS」全体の検討を経て提出された。



なぜ「セックスワークの非犯罪化」が

必要なのか


セックスワークの非犯罪化を要求するグループ UNIDOS

佐藤悟志



1.セックスワーカーが世界を変革する

 「セックスワーク」とは、「自らの技術や知識を用いて、性的サービスを提供して対償を得る労働」を意味する言葉である。具体的に言えば「ソープ」「ピンサロ」「ヘルス」「ストリップ」「イメクラ」「売り専」「ニューハーフヘルス」「街娼」「デートクラブ」などといった職種や営業形態があり、「性風俗産業」と総称されたりもしている類の仕事のことである。売春防止法が犯罪と規定する「売春」を含む場合も例外ではない。「援助交際」の一部もその範囲に入る。

 そして、我々が主張する「非犯罪化」とは、この「セックスワーク」を「犯罪」と規定し、「セックスワーカー」を犯罪者として逮捕・投獄し、その職場を破壊し、彼女/彼らのスタッフや子ども、家族や恋人を奪い取る社会システムを解体することである。日本で言うならば、差別と弾圧のための法制度である「売春防止法体制」を消滅させることである。

 セックスワークが犯罪化されたり負の烙印を押されたりしていることで、セックスワーカーの周囲でも現場でも、限りなく不都合が起きている。例えば売春者が客から暴行を受けて訴えても、まず売春していたことを咎められ加害者の罪がうやむやにされる。また、コンドームが店内にあるとホンバン(ペニスの膣挿入)の証拠とされ摘発を受けるおそれがあるとして、非ホンバン産業ではスマタやフェラチオの際のコンドーム使用が制限される場合があり、性感染症や妊娠の危険が増大している。ホンバンの有無にかかわらず、客がセックスワーカーのスキをついてコンドームをはずすのは性暴力だが、それを訴えることも難しくされている。

 セックスワークの処罰化は、労働権の侵害であるばかりか、セックスワーカーに「犯罪者」の烙印を押して差別を助長し、転職の際にも足かせとなり、彼女/彼らをさらに経済的窮地に追い込む。そしてセックスワークが地下に潜むことで、客や経営者による暴力・強姦・搾取・不払い・離職の妨害・プライバシーの侵害などが横行することを許し、警察による嫌がらせをも正当化してしまう。

 こうした不正や不合理を是正するためにも、「性風俗産業従事者」とも訳される「セックスワーカー」たちに、労働者の基本的人権である労働三権が保証されるべきであるのは当然だ。だがそれにはまず、彼女/彼らに手錠を掛け、檻に入れ、その団結を破壊し、労働条件の改善を妨害し、不当な差別と烙印貼りをする売春防止法を、一分一秒でも早く廃絶しなければならないのである。

 もちろんこうした主張が、「売春を労働と認めるべきではない」「売春なんかがマトモな仕事であるわけがない」といった反発を招くものであることは充分知っている。しかし我々は、支配的な性道徳の維持・強化を至上命題として追い求める「道徳派」ではなく、この世界で最も極小なマイノリティである「個人」の権利と自己決定を最大限に擁護し尊重する「人権派」であるので、そのような非難には従わない。

 断っておけば、こうした立場は我々「うにーどす」が独自に有するものではなく、「セックスワーク」に従事する世界中の労働者やその組織が、広く共有する立場である。

 1987年に米国で出版された“SEX WORK”(註1)には、既に欧米の各売春者組織によるセックスワークの非処罰化要求が明記されていたし、近年では1997年にマニラで開かれた「アジア太平洋地域国際エイズ会議」でも、「セックスワークを職業とみなすこと」という要求が、フィリピン、タイ、マレーシア、ネパール、カンボジア、フィジー、インド、インドネシア、パプアニューギニア、オーストラリア、ニュージーランド、香港、台湾、バングラデシュ、パキスタンなど十数カ国の売春者とそのサポーターが参加する「アジア太平洋地域セックスワーカーズネットワーク」によって議決され、全体会に提出・受理された。

 こうした闘いの成果によって、「セックスワークの非犯罪化」はオランダやオーストラリア、ドイツ、南アフリカ共和国などで既に進行している。97年、この流れに逆らって公娼制度の廃止を強行した台湾・台北市の市長(当時)の陳水扁は、公娼たちとそれを支援する学者・学生・労働組合等に厳しい糾弾を受けた。公娼の組織「台北市公娼自救會」は、デモや集会、リストカットや市庁舎突入決起等の実力闘争を以て、自分たちの犯罪者化と職場破壊に抗議した。支援者の一人、「女工團結生産線」の王芳萍は喝破する。「今日、売春の非犯罪化こそが世界的な流れであり、最も進歩的な考え方であることは明白です」(註2)。

 「セックスワーカーの人権の擁護」は、いまや世界中の人権運動と人権活動家にとって、真剣に向かい合うべき重要な課題なのである。

 だがさらに付言しておくならば、この課題が40年以上も昔の日本で、売春婦たち自身によって掲げられ、訴えかけられたテーマであることは不当にも知られていない。


2.売春防止法が踏み潰した女たち


 1950年代、売春防止法の制定が推進されていた当時、仕事を奪われて犯罪者化されることを知った赤線(売春営業許可地域)の従業婦たちの多くが、実はこの法律に反対の声を上げていた。東京・吉原で長く従業婦の自助と権利擁護の活動をしていた「新吉原女子保健組合」はその中心として、陳情やビラ配布などを活発に行った。この組織の活動の様子は、1952年から57年の間に発行されていた組合機関誌『婦人新風』(註3)によって知ることができる。売防法に「保護更生の対象」などと恩着せがましく唱われた当の売春婦自身が、ついには数千人規模の集会を開き、数万人規模の全国組織を作って処罰化反対の運動を展開したのである。

 彼女らの運動は、「甘え」「無自覚」「性的痴呆症」「思想の貧困」「人権の放棄」「業者の宣伝におどらされている」「余りに非常識」「反省が足りない」「カネ目当てにウソをついている」等々の誹謗中傷をマスコミや女性議員などに浴びせられた末、売防法制定によって息の根を止められて壊滅した。それらの嘲笑は、売春婦たちをそれ以降長く沈黙させるのに充分だった。

 だがしかし、売春婦たち自身が自ら売防法の制定に反対の声を上げていたという歴史的事実は、隠蔽も抹殺もできはしない。そして「売防法がより一層売春婦を苦しめる結果をもたらす」という彼女たちの主張の正当性も、その後の歴史が事実を以て証明することになる。

 1956年に制定され、58年に罰則規定を含めて完全施行された売春防止法は、「婦人運動の偉大なる勝利」、「気の毒な娘さんたちの人権を守るための法律」などといった評価や自画自賛を、現在まで広く受けてきた。

 だが現実にはどうだったか。総理府が発行する『売春対策の現況』(註4)その他の統計資料によると、売春防止法第五条(勧誘等)違反を理由に逮捕された街娼の人数は、売防法制定以降40年間で少なくとも12万人を越える。そしてその中の推定約2千人が罰金刑を言い渡されて罰金を巻き上げられ、推定約2千人が実刑判決を受けて投獄されてきた。

 「搾取されている売春婦を救う」といった美名を口実に制定された売春防止法が、国家権力の組織的暴行を作り出し、しかもそれが「偉大なる勝利」などと称賛されて守られる。このような極限的な倒錯は、一体どこで再生産され続けてきたのだろうか。


3.売防法が生み出す差別と暴力に終止符を


 それはまさしく、売防法第一条の規定に凝縮されているような、「人としての尊厳」が「性道徳に反しないこと」や「社会の善良の風俗をみださないこと」から発生するのだという人間観、尊厳観からである。「人権」という言葉が、「その社会の支配的な価値観に従って生きさせる権利」という意味で理解されているかぎり、支配的な価値観に沿わない「少数者」や「逸脱者」が人権を認められない政治はまかり通っていく。だがそれは結局、「多数者」にとっても抑圧的で不幸な社会が、再生産され続けていくことと結果的には同義である。

 例えば売春婦が犯罪者扱いされ社会的地位を低められていることは、男社会の都合に従わない女に「娼婦」ラベルを貼り付ける制裁に効果を持たせ、結果的に女全体の地位を低めている。売春防止法が売春婦を犯罪者と規定していることは、「池袋事件」(註5)に見られるように、売春者の暴力被害が「自業自得だ」と言われて無視されるシステムを作り出している。だがこのような「自業自得」の論理は、結局はセックスワーカーに限らず、すべての女が殴られたり殺されたりすることを正当化するものなのだ。

 だから我々「うにーどす」が掲げる「セックスワークの非犯罪化」というスローガンは、実は非セックスワーカーの人権にとっても実現の必要な政治課題なのである。それは、「地雷」や「アウシュヴィッツ」や「アパルトヘイト」との対決が、人種や国籍を問わない人類共通の普遍的な課題であるのと、全く同様である。

Uphold Now ! 
Immediate De-criminalization Of Sexwork ! 



(註1)日本語版は『セックス・ワーク 性産業に携る女性たちの声』(1993年、パンドラ発行、現代書館発売)
(註2)記録ビデオ『私たちは働きたい/台北市売春婦組合の闘い』(女工團結生産線、1998年、17分)
(註3)『復刻 婦人新風』(明石書店、1989年)
(註4)『売春対策の現況』(総理府、1959年、1968年、1986年、1997年)
(註5)「池袋事件を知っていますか」『セックス+ワーク・資料集』(UNIDOS、1998年)


TOP