王子様と雪の夜 |
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王子様みたいな人
優しくて
見た目は へなちょこりん
だけど
王子様みたいな人
って思ってること
…は、言わないでおこう
私の王子様
***** ***** ***** 2001年10月4日付朝日新聞夕刊の記事より
「あかし求めて尋ね人チラシ」
いつもと変わらぬ朝のはずだった。中央三井信託銀行ニューヨーク駐在員事務所のある世界貿易センターに旅客機が突っ込み、一転した。同事務所の日本人3人は、3週間たったいまも行方不明のままだ。家族は、駅や病院、公園に「尋ね人」のチラシを張り続けた。
駐在員事務所はセンタービル南棟の83階にある。9月11日、所長の菊池原聡さん(43)は午前8時半にはオフィスに着いていたはずだ。調査役の早津信広さん(36)は、8時に着席し、同20分から東京本店と電話で打ち合わせを始めた。
8時45分、隣の北棟に旅客機が激突した。菊池原さんは妻に電話を入れた。「ぶつかったのはこっちじゃない。大丈夫だから安心してね」。そういって電話を切った。早津さんは東京との打ち合わせが続いていた。「飛行機が突っ込んだようだ。セスナかな。隣のビルから火が出ているようです」。電話口の早津さんは落ち着いた様子で状況を伝えた。「館内放送が鳴っているので一応避難します。いったん電話を切りますよ」9時3分、2機目が南棟に突っ込んだ。菊池原さんの妻も東京の同僚も、その模様をテレビで見ていた。何度も電話をかけ続けたが、つながらなかった。中央三井信託銀行関連の日本人は計5人。2人は出勤前だったため、難を逃れた。
もうひとり、平井克征さん(32)の足取りがつかめない。
上司のひとりは、平井さんが赴任前の昨秋のことを、はっきり覚えている。「やっとニューヨークに行けます」入社以来、海外拠点を支援する仕事に携わってきた。96年夏に香港支店に赴任し「次はアメリカ」と希望していた。よほどうれしかったのか、いつになく冗舌だった。「あれほど喜んだ姿を見たことがない」
平井さんはあのとき、誰にも電話した形跡がない。いつもなら8時半には出勤し、アシスタントとコーヒーを飲みながら打ち合わせをしている時間だ。本当にそこにいたのか。出勤が遅れた可能性はないのか。買い物に出なかったか。安否を気遣う家族がニューヨークを訪れた。
現地にいる妻とともに病院を何カ所も回り、倒壊現場にも何度も足を運んだ。ビルにいた「あかし」がなければ、心に区切りがつかない。平井さんの尋ね人のチラシが、駅など何カ所も張ってある。家族の寄せ書きがしてある。
「克っちゃんありがとう。お母さん、幸せでしたよ」
「いつも一緒で楽しかったです。ありがとう(亜)」
その真ん中に、平井さんのはにかんだような笑顔があった。父親の字でこうある。「克征君頑張れ、お父さん待ってるぞ」
(ニューヨーク=松村愛)(改行・修正・太字化は佐藤)
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