「裁判所ウェブサイト(COURTS IN JAPAN)
の「下級裁主要判決情報」より採集。問題は
最後尾の(量刑の理由)4の(1)。改行・太字化は佐藤。



神戸差別裁判 一審判決文






――――― 下級裁主要判決情報 ―――――


H14. 3.25 神戸地方裁判所 平成13年(わ)第1009号,同第1130号 監禁致死,強盗


事件番号  :平成13年(わ)第1009号,同第1130号
事件名   :監禁致死,強盗
裁判年月日 :H14. 3.25
裁判所名  :神戸地方裁判所


判決 平成14年3月25日 神戸地方裁判所 平成13年(わ)第1009号,第1130号 監禁致死,強盗被告事件

           主        文

    被告人を懲役6年に処する。
    未決勾留日数中110日をその刑に算入する。
    押収してある金属製手錠2個(平成13年押第203号の1,2)及び切断された金属製手錠の鎖1個(同押号の3)をいずれも没収する。

           理        由

(罪となるべき事実)

 被告人は,

第1 いわゆる伝言ダイヤルを通じて知り合ったAから金員を強取しようと企て,平成13年6月9日午前11時50分ころから同日午後3時24分ころまでの間,京都府福知山市字a小字bc番地d所在のホテル「B」e号室において,同女(当時16歳)に対し,催涙スプレーをその顔面に噴き付け,手錠の片方を同女の左手首に掛けもう片方を同室内にあったテーブルの金属製パイプに掛けるなどの暴行を加え,更には,同女が手錠から手首を抜いているのに気付くや,「もう1回スプレー掛けるぞ。」などと語気鋭く申し向けて脅迫し,その反抗を抑圧した上,同女所有の現金約3万円を強取し,

第2 いわゆるテレホンクラブを通じて知り合ったCをホテルに連れ込み性交等の行為に及ぶ目的で,同年7月24日午後9時20分ころ,大阪府豊中市f町g丁目h番i号先国道j号線高架下に駐車中の普通乗用自動車内において,同女(当時12歳)に対し,催涙スプレーをその顔面に噴き付け,手錠(平成13年押第203号の1ないし3はその切断されたもの)を同女の両手首に掛けるなどした上,同所から同車を発進,疾走させるなどして,同日午後10時30分ころ,神戸市k区l町m所属n縦貫自動車道西行きo基点pキロポスト付近路上に至るまでの間,同女をして同車内から脱出するのを不可能ならしめ,もって同女を不法に監禁するとともに,同所付近において,その監禁によって自己の生命,身体にいかなる危害を加えられるかもしれないと畏怖した同女をして,両手首に手錠を施したまま,時速約80キロメートルで走行中の同車から飛び降りさせ,その際,その頭部を路面に強打させ,同女を脳挫傷等に基づく意識障害により起居不能の状態に陥らせて,同日午後10時40分ころ,同所において,同女の左脚部を後続車両に轢過させ,よって,同女に対し左大腿骨複雑骨折等の傷害を負わせ,同月25日午前2時58分ころ,兵庫県西宮市q町rs丁目t番u号所在の医療法人社団D病院において,同女を上記左大腿骨複雑骨折等による失血により死亡させ,もって,不法に人を監禁して死亡させ
たものである。

(証拠の標目)

 (省略)

(事実認定の補足説明)

1 弁護人は,判示第1の事実(補足説明中においては「本件」という。)について,被告人には金員を強取する意思がなく,財物奪取に向けられた暴行脅迫もなかったのであるから強盗罪は成立しない旨主張するが,当裁判所は,判示のとおり,強盗罪が成立すると認定したので,その理由について補足して説明をする。

2(1) 前掲関係各証拠によれば,以下の事実が間違いのないものとして認められる。
すなわち,

 ア 被告人は,伝言ダイヤルを通じて知り合った被害者に対し,いわゆる援助交際をする代償に3万円を支払うことを約束して,被害者とともに判示のホテル「B」e号室内に入ったが,同室内に入るや間もなく,被害者の顔面に催涙スプレーを噴き付け,被害者が目や喉の痛みに苦しんでいる隙に被害者の黒色ポーチ等を手に取って自己の傍に置き,手錠の片方を被害者の左手首に掛けもう片方を同室内にあったテーブルの金属製パイプに掛けるなどした後,いったん被害者の左手首に掛けた手錠を外して,被害者に対して様々な命令をしながら性的な暴行を加えたこと

 イ 被告人は,被害者に対して性的な暴行を加えた後,先ほどと同様にして被害者を手錠でテーブルに繋ぎ逃げられないようにした上,被害者の前記黒色ポーチの中身を探り,その中にあった財布の中に3万円くらいの現金が入っているのを確認したこと

 ウ 被告人は,その後ベッドで横になっているうちに眠ってしまったが,被害者が,被告人の眠っている隙に手錠から手首を抜き,前記黒色ポーチやその在中品である財布,携帯電話等を取り戻そうと思い近づいたところ,被告人は,目を覚まし,被害者に対して,「もう1回スプレー掛けるぞ。」などと怒鳴るような口調で申し向けたこと

 エ 被告人は,被害者が泣く様子を見て,被害者に対し再度性的な暴行を加えることを止め,上記e号室を出ることにしたが,その際,被害者の前記黒色ポーチの中から財布を取り出し,被害者に対して,「ここから払うぞ。」と言い,被害者の財布から取り出した現金でホテル代を支払って同室を出たところ,被害者は,被告人の手元に前記黒色ポーチ等を残したまま,被告人の隙を見て逃げたこと

 オ 被告人は,手元に残された前記黒色ポーチ等の被害者の所有品のうち,財布在中の現金2万5000円くらい及び新品のプリケーカード等を自分で費消するなどしたが,前記黒色ポーチ,財布,携帯電話等を被害者に送り返したこと
などが認められる。

 (2) 弁護人は,ウの被告人が被害者に対して,「もう1回スプレー掛けるぞ。」などと申し向けた点について,検察官によって作出されたものであるなどと主張する。
 しかしながら,被害者の検察官調書(甲172)は,被告人が眠っている間に左手首を手錠から引き抜こうと何度も試しているうちに抜くことができたので,その隙に携帯電話や財布等を取り戻そうと思い近づいたところ,被告人が目を覚まし,ものすごく怒った形相になり,「もう1回スプレー掛けるぞ。それでもええんか。」と怒鳴るような口調で脅してきたが,無理に乱暴な言葉を使っているようで板に付いていないような感じを受けた旨いうものであって,この被害者の供述は,本件犯行の一連の経緯,状況,その際の被告人の言動を詳細かつ具体的に述べるものであること,その供述の中には,被害当時の恐怖心やその後の日時の経過から認識や記憶が不確かになっていると思われる部分もあるものの,被害者は,ホテルに入って間もなく,被告人から顔面に催涙スプレーを掛けられ,目や喉に激しい痛みを感じて強い恐怖心を抱いていたのであるから,特に催涙スプレーに関する被告人の言動の印象は強かったはずであると思われ,被害者の前記供述部分からもそれが窺われること,被告人は,被害者に対して再度性的な暴行を加えようと思っていたのであるから,被害者が手錠から手首を抜いて逃走しようとしているのを見て,被害者を脅して逃走を断念させようとするのは極めて自然な行為であること,被害者作成の被害届(甲171)や警察官作成の捜査復命書(甲179)によると,当初,被害者が警察官に対して被害状況について話をしたときには,被告人からこのような脅迫を受けた旨述べていなかったようであるが,被害者のその段階での供述は概略的なものに止まっていて,必ずしも詳細なものではなかったと思われることなどを併せ考えれば,被害者の前記供述は信用に値するものということができる。
 また,被告人の検察官調書(乙26,32)は,被害者が手錠から手首を抜いているのを見て,被害者が逃げたり反抗したりしないように脅そうと考え,被害者に対して,「手錠外したんか。もう1回スプレー掛けるぞ。」とわざと怒った口調で言ったところ,その途端被害者が泣き出したため,これ以上被害者に性的な暴行を加えたりするのはまずいかもしれないと考え,ホテルを出ることにした旨いうものであって,この被告人の供述はその状況からして内容が合理的かつ自然であること,被告人のこの脅迫によって被害者が泣き出したことは,被害者の前記検察官調書においては述べられていないし,また,そのため被害者に対して再度性的な暴行を加えるのを止めてホテルを出ることにしたというのは,被告人の内心の説明であって,これらの点は,被告人の供述なくして検察官が作出することができるとは考え難い事柄であることなどを併せ考えると,被告人の前記供述もまた信用に値するものということができる。
 これに対し,被告人の公判供述は,「あ,手錠抜いたんか。」とは言ったけれども,「もう1回スプレー掛けるぞ。」とは言っていないというものであるが,被告人は,その当時,被害者に対してもう一度性的な暴行を加えようと思っていたのであるから,被害者が手錠から手首を抜いて逃走しようとしているのを発見しながら,「あ,手錠抜いたんか。」と言っただけで何ら逃走防止等のための行為に出なかったというのは,いかにも間が抜けていて不自然であること,被告人の公判供述中には,「もう1回スプレー掛けるぞ。」と絶対に言っていないというわけではないという部分もあることなどからすれば,被告人の前記公判供述の信用性は乏しいというべきである。
 してみると,被告人が被害者に対して,「もう1回スプレー掛けるぞ。」などと言って脅迫を加えたことは間違いがないと認めるのが相当である。

 (3) 以上の事実によれば,被告人は,自己の暴行脅迫により反抗を抑圧され性的な暴行を受けるなどした被害者に対し,その反抗を抑圧された状態にあるのを利用して,被害者の財布から現金を奪いホテル代を支払ったものであることが少なくとも認められるところ,そのような場合には,その反抗抑圧状態が強盗の犯意を生じる前の暴行脅迫によって生じていて,強盗の犯意を生じた後に新たな暴行脅迫が加えられていなかったとしても,被告人の存在自体が反抗を抑圧するに足りる脅迫であるとみることができ,やはり強盗罪をもって論ずべきであると解せられるから,被告人に強盗罪の成立することは間違いがないというべきである。
3 しかし,本件公訴事実は,被告人には被害者に対して判示の暴行脅迫を加えるときから金員強取の意思があったとするものであるから,そのような認定ができるのかどうかについて,更に検討をする。
 被告人の検察官調書(乙25,33)は,被害者に対して,催涙スプレーを噴き付けたり,手錠を掛けたりして,反抗できないようにした上,性的な暴行を加えるだけでなく,被害者がある程度の金員を持っていれば,それを手に入れてホテル代を支払ってやろうとの計画であった旨いうのに対し,被告人の警察官調書(乙34)は,ホテルを出る少し前に被害者の財布の中身を見たところ,約3万円の現金が入っていたことから,それを見た途端に自分の金でホテル代を支払うのが惜しくなり,被害者の金でホテル代を支払おうという気持になったのであって,最初から金員を奪い取るつもりで催涙スプレーを噴き付けたのではない旨いうのであり,また,被告人の公判供述は,被害者がホテル代くらいを持っていれば出させてもいいと思っていたが,援助交際をするような女性がそんなお金を持っているとは思っておらず,被害者の金員からホテル代を払おうと考えたのはホテルを出るときである旨いうのである。
 被告人の警察官調書(乙34)によれば,被告人が被害者に対し暴行脅迫を加え始めたときには,被告人には被害者の金を奪ってホテル代を支払う考えが全くなかったことになるが,被告人の公判供述自体,被害者がホテル代くらいを持っていれば出させてもいいと思っていたことを認めていることや,被告人が被害者の財布の中身を見たのもそのような気持からであるとみるのが自然であることなどからして,そのままには信用することができない。また,被告人の公判供述は,援助交際をするような女性がそんなお金を持っているとは思わなかったというのであるが,援助交際をするような女性であってもホテル代くらいを持っていることは不思議ではないし,そのような女性であればそのくらいのお金を持っているとも考えられるのであるから,被告人の公判供述のいうところをそのままに信用することもできない。
 そうだとすると,被告人が被害者に対して判示の暴行脅迫を加えた主たる目的は,被害者に対して性的な暴行を加えることにあったこと,援助交際に応じる未成年の女性が多額の金員を所持しているとは,被告人も考えていなかったであろうこと,被告人が被害者の黒色ポーチ等を自己の傍らに置いたのには,被害者の逃走を防止するためという一面もあったこと,被告人が被害者の黒色ポーチの中身を見た理由のひとつは興味があったからであることは間違いないといい得るけれども,被告人は,当初から,判示のような暴行脅迫を加えることを企図するとともに,自己の所持金が減るのを嫌い,被害者に対して約束した援助交際の代償も踏み倒すつもりでいたこと,被害者が多額の金員を所持している可能性は乏しいとはいえ,ホテル代程度の金員を所持している可能性は低くはないと考えられたこと,被告人は,被害者に催涙スプレーを噴き付けて直ぐに被害者の黒色ポーチ等を自己の傍らに置き,その後は終始自己の管理下に置いて,その間,被害者の財布の中身を確認していることを併せ考えれば,被告人の前記検察官調書等が,当初から,被害者がホテル代くらいの金員を持っていれば,それを奪ってホテル代を支払うつもりもあって,判示の暴行脅迫に及んだものであり,被害者の財布の中身を確認して,被害者が3万円くらいの金員を持っていることが分かったことから,当初の計画を実行に移した旨いうところは,合理的であって信用に値するから,被告人には被害者に対して判示の暴行脅迫を加えるときから金員強取の意思もあったと認めるのが相当である。

4 以上のとおりであって,被告人は,金員強取の意思をもって,被害者に対して判示の暴行脅迫を加え,その反抗を抑圧した上,現金約3万円を強取したものであるから,被告人に強盗罪が成立することは明らかである。

(法令の適用)

 被告人の判示第1の所為は刑法236条1項に,判示第2の所為は同法221条にそれぞれ該当するところ,判示第2の罪について同法10条により同法220条所定の刑と同法205条所定の刑とを比較し,重い傷害致死罪の刑により処断することとし,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い判示第1の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で,被告人を懲役6年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中110日をその刑に算入し,押収してある金属製手錠2個(平成13年押第203号の1,2),切断された金属製手錠の鎖1個(同押号の3)は判示監禁致死の用に供した物で被告人以外の者に属しないから,同法19条1項2号,2項本文をそれぞれ適用してこれらを没収することとする。

(量刑の理由)

1 本件は,被告人が,いわゆる伝言ダイヤルを通じて知り合った被害者に対し,催涙スプレーを噴き付け,手錠を掛けるなどの暴行脅迫を加えて,その反抗を抑圧した上,同女から現金約3万円を強取した強盗の事案(判示第1)及びいわゆるテレホンクラブを通じて知り合った被害者に対し,催涙スプレーを噴き付け,手錠を掛けるなどの暴行脅迫を加えて,同女を疾走中の自動車内に監禁し,その結果,畏怖した同女をして,両手首に手錠をしたまま高速道路を高速走行中の同車から飛び降りさせ,後続車両に轢過させて死亡させたという監禁致死の事案(判示第2)である。

2 被告人は,平成元年3月に大学の教育学部を卒業し,兵庫県下の公立中学校の臨時教員を経て,平成5年4月から同県下の町立中学校の教員となって社会科を担当し,被告人なりに熱意をもって生徒の指導等に当たっていたものの,平成10年5月ころ,学級運営に自信を失い,同僚からも非難されているのではないかと不安を抱くようになり,ついには無断欠勤をし,学校長の薦めもあって心療内科で受診したところ,医師から「心因反応」であるとの診断を受け,同月20日から平成11年3月31日まで休職し,同年4月には同町内の別の町立中学校の教員に転勤してやはり社会科を担当し,平成13年4月からは2年生のクラス担任となっていたものの,同年6月15日から再度同じ病名で休職していたものであるが,その間,平成3年ころからは,テレホンクラブを通じて知り合った見知らぬ女性と性的関係を持つことを繰り返し,また,平成5年4月ころからは,アダルトビデオを頻繁に見始め,特に,高校生風の女性や手錠を掛けられた女性が強姦されるなどの内容のものに大きな性的興奮を覚え,実際にアダルトビデオと同様に女性を強姦したいとの欲望を抱くようになって,次第にその欲望を強め,休職中の平成10年5月下旬ころには催涙スプレーや手錠を購入し,時折それを眺めてはテレホンクラブを通じて誘い出した女子中高生を自己が強姦等に及ぶ妄想にふけり,更には,平成13年3月下旬ころにツーショットダイヤル等を通じて知り合った16歳の女子高校生といわゆる援助交際をして性的関係を持ち高い性的興奮と満足感を得たことから,その後,女子高校生と性的関係を持つことを求めて,ツーショットダイヤル等を通じて知り合った女性を相手に買春行為を繰り返すうち,同年6月初めころからは,かつて思い描いたとおり,実際に女子高校生に催涙スプレーを噴き付け手錠を掛けるなどの暴行を加え,その反抗を抑圧した上,アダルトビデオと同様な強姦等に及びたいとの欲望をふくらませるとともに,その場面をビデオカメラ等で撮影するなどして口封じしようとの計画を立て,ついに判示第1の犯行に及び,更には再度の休職中に判示第2の犯行に及んだものである。

3(1) 本件各犯行は,被告人が,前記のように,長年にわたり,テレホンクラブを通じて知り合った見知らぬ女性と性的関係を持つことを繰り返したり,強姦もののアダルトビデオを頻繁に見たりするうち,女子高校生を自己の性的欲望の主要な対象とし,そのため児童買春を重ねた挙げ句,それに飽き足らず,女子高校生を相手にアダルトビデオと同様な強姦等に及びたいとの劣情をふくらませて犯したものであって,被告人が,本件各犯行当時,職務上の葛藤,苦悩,ストレス等を感じ悩みを抱えていて,犯行の動機の中にはそれを解消しあるいは晴らそうという気持が含まれていたとしても,本件各犯行に至る経緯や犯行の動機に酌むべき点があるとはいい難い。

 (2) 判示第1の犯行は,被告人が,伝言ダイヤルを通じて知り合った被害者にいわゆる援助交際をする代償に3万円を支払うことを約束してホテルに入った後,被害者に対し,顔面に催涙スプレーを噴き付け,手錠を掛けるなどの暴行を加え,その反抗を抑圧した上,被害者に対して性的な暴行を加えるとともに,更に脅迫を加えて,被害者から現金約3万円を強取したという一連の犯行のうち,強盗の部分のみについてのものであるから,起訴の対象となっていない部分を量刑上考慮すべきでないことはいうまでもないところである。しかし,被告人は,被害者が援助交際をしようとしていた弱みから,警察に被害を届け出ることはないだろうと思い,被害者に対して性的な暴行を加えるだけでなく,被害者の所持金を奪ってホテル代を支払おうと考え,犯行に及んだものであって,強盗の部分に限っても,その卑劣かつ自己中心的な犯行の動機に酌量の余地は存しない。また,被告人は,犯行に用いるための手錠,催涙スプレー,ビデオカメラ等を準備し,催涙スプレーについては予め実験してその威力を確かめ,更には,変装用の帽子を被り,サングラスを掛け,無精ひげを生やし人相を隠した上で被害者と会って犯行に及んでおり,しかも,被害者に対する性的な暴行の状況をビデオや写真に撮影し,これを後で楽しむだけでなく,口封じのためにも利用しようと考えていたものであるから,犯行はまことに計画的かつ用意周到なものというほかない。そして,被告人は,容易に助けを求めることのできないホテルの一室において,いまだ16歳の被害者に対し,前記のような暴行脅迫を加え反抗を抑圧したものであって,暴行脅迫の態様は悪質であり,反抗抑圧の程度は高い。その結果,被害者は,強い恐怖と屈辱のうちに時を過ごさせられ,現金約3万円を強取されたものであって,その被害感情には厳しいものがある。

 (3) 判示第2の犯行は,被告人が,テレホンクラブを通じて知り合った被害者に対し,いわゆる援助交際をする代償に2万円を支払うことを約束して,自己の自動車内においてわいせつな行為をした後,被害者に対し,顔面に催涙スプレーを噴き付け,手錠を掛けるなどの暴行脅迫を加えた上,被害者をホテルに連れ込んで性的な暴行を加えるため,同車を発進,疾走させるなどして監禁し,畏怖した被害者をして,両手首に手錠をしたまま高速道路を高速走行中の同車から飛び降りさせ,後続車両に轢過させて死亡させたという一連の犯行のうちの監禁致死についてのものである。判示第2の犯行は,被告人が,判示第1の犯行を含む一連の犯行において思いどおりの満足感と高い性的興奮が得られたことから,再び同様の犯行により同種の満足感や性的興奮を得ようとして犯したものであって,その動機はやはり卑劣かつ自己中心的なものであり,そこに酌量の余地は存しない。また,被告人は,判示第1の犯行においてと同様に,犯行に用いるための手錠,催涙スプレー,ビデオカメラ等を準備し,更には,変装用の帽子を被り,サングラスを掛け,無精ひげを生やし人相を隠した上で被害者と会い犯行に及んだものであって,犯行はやはりまことに計画的かつ用意周到なものである。そして,被告人は,容易に助けを求めることのできない自動車内において,いまだ12歳の被害者に対し,前記のような暴行脅迫を加えた(特に,両手錠は片腕を座席のヘッドレストの金具の間に通すという念入りなものである。)上,同車を発進,疾走させたものであって,犯行の態様は悪質であり,監禁行為の拘束度は非常に高い。しかも,被告人は,その間,被害者をして友人や家族に電話をかけさせて,犯行の発覚を防止しようとしただけでなく,電話相手の友人に二度と会えなくなるかもしれないことをにおわせて脅迫しており,その点でも巧妙狡猾である。被害者は,ヘッドレストから手を抜くことはできたものの,両手錠を掛けられたまま高速走行中の自動車内に監禁され,他に助けを求めることのできない状況下で,自己の生命,身体にいかなる危害を加えられるかもしれないと畏怖し,それから逃れようとして両手錠のまま高速走行中の同車から高速道路に飛び降りたものであって,被害者の感じた恐怖感は非常に大きなものであったと推察される。被告人は,被害者が高速走行中の自動車から飛び降りたことに気付き,重傷を負ったであろうことを知りながら,自己の犯行が発覚するのを恐れる余り,その場から逃走して,被害者を救護するために何の手立ても講じていないのであって,被害者の飛び降りた後,被告人が直ちに停止して適切な救護措置を取っていれば,被害者が生命を失うまでには至らなかった可能性もあったことを考えると,被告人の行為はこの点でも卑劣で無責任なものというべきである。被害者は,父親の虐待を受けていたことから,平成12年8月から児童相談所に預けられ,同年11月1日からは児童養護施設に入所し,そこから中学校にも通学していたが,時折施設を抜け出して友人宅に外泊したり,援助交際と称する行為に及んだりなどしているうち,判示第2の犯行の被害に遭い,その結果,多くの夢や希望のあるべき春秋に富む若い命を突然に失うに至ったものであって,その無念さは察するに余りがあるし,12年という短い生涯をこのような形で閉じなければならなかったことは,まさしく二重の意味で被害者というべきであって,まことに哀れというほかない。また,被害者が施設に入所するに至った事情や原因(特に,父親による虐待の内容)はつまびらかではないけれども,どのような経緯があったにせよ,思いもかけない形で娘を失った両親等の悲しみ,喪失感,精神的苦痛には大きなものがあることは否定できず,遺族の被害感情には非常に厳しいものがある。ところが,被告人は,判示第2の犯行後,自動車内に残された指紋を拭き取り,被害者の残した携帯電話等や犯行に用いた催涙スプレー,プリペイド式携帯電話等を分散投棄するなどの罪証隠滅工作を行っただけでなく,判示第2の犯行の結果被害者を死亡させたことを認識していたにもかかわらず,自重自戒することなく,自らの犯行であることが発覚しないのをよいことにして,間もなく偽名を用いて再びプリペイド式携帯電話を手に入れ催涙スプレー等を購入するなど,同様な犯行に及ぶ準備をしていたものであって,その性懲りのなさは著しく,犯行後の情状の悪いことも,量刑上看過できないところである。

 (4) 加えて,本件各犯行は,被告人が,公立中学校の教員という立場にありながら,自己の担任する生徒とさほど年齢差のない被害者2名に対して,性的な欲望の赴くまま,被害者らの受けるべき肉体的精神的苦痛や衝撃に思いを致すことなく敢行したものであって,特に判示第2の犯行は,中学校の教員が12歳の中学1年生の被害者を援助交際と称して買春の対象としたのみならず,手錠を掛けるなどして監禁した上死亡させるという重大な結果を招いた事件として,社会に大きな衝撃を与え,学校教員に対する社会一般の信頼を大きく失墜させ,少なくない問題を抱える教育の現場で懸命に努力している教職員を始め,教育に携わる多くの人々に多大な動揺を与えるなどしたものであって,そのような社会的悪影響の大きさも無視するわけにはいかない。
 以上のことを併せ考えれば,本件各犯行の犯情は悪く,被告人の刑事責任は重大であるといわざるを得ない。

4 しかしながら,以下に述べるとおり,被告人のために考慮すべき事情もある。

 (1) 本件各犯行の被害者らは,伝言ダイヤルやテレホンクラブを通じて知り合っただけの素性も分からない見ず知らずの男性を相手に援助交際と称する行為に及ぼうとしていたものであって,このような被害に遭うとは思っていなかったにせよ,やはりいかなる危険が存在しているかもしれないところに自ら身を投じたものというべきであるから,そこに落ち度が全くなかったということはできない。被告人は,未成年者の思慮分別の不十分なのにつけ込み,被害者らを買春の相手とするに止まらず,性的な暴行の対象にしようとしたものであるから,その行為はもちろん強く非難されるべきであるが,被害者らの行為もまた善良な社会生活上是認すべからざるものであるから,被害者らには何ら落ち度がない旨いう,検察官の主張には与し得ない。

 (2) 判示第1の犯行は,前記のような一連の犯行の一部であって,犯行の主たる目的である性的な暴行の部分については起訴の対象となっていないし,強取した金額は多額とまではいえず,被害者が被告人の手元に残して逃げた現金以外の物品は,おおむね被告人から被害者に返還されている。

 (3) 判示第2の犯行は,被害者が時速約80キロメートルもの高速で走行中の自動車から両手首に手錠を掛けられたまま飛び降り,起居不能の状態に陥って後続車両に轢過され死亡するという重大な結果を招いたものであるが,被告人の監禁行為あるいはそのための手段としての暴行脅迫行為自体から致死の結果が生じたものではないことが明らかである。被害者が被告人運転車両から飛び降りた際の心理については推測するしかないが,検察官の主張するように,殺害される危険を感じてそれを回避するために生きる望みを託して脱出を図ったとの見方もできないとはいえない。しかし,被害者が飛び降りた際に実際に殺害される危険が生じていたわけではないことや,逃げる機会は後でも見つけられたはずであると思われることからすると,被害者が年少の故に飛び降りることの危険性を過小に考えて同車から飛び降りたのではないかと考えることも,あながち不合理であるとはいえない。そして,自動車内での監禁状況や同車から飛び降りることの危険性などに照らすと,被告人にとっては被害者がこのような行動に出たのは全く予想もしない事態であったとの,弁護人の主張にもそれなりの合理性がある。そうだとすると,被告人の行為が監禁致死罪に該当することはもちろんではあるけれども,発生した加重的結果についての責任を考えるに当たっては,これを考慮しないわけにはいかない。検察官は,被告人の責任が殺人罪に比肩するほど重大であると主張するが,そのようにいうのは失当である。

 (4) 被告人は,判示第1の犯行の被害者に対しては弁償金として現金5万円を支払い,判示第2の犯行の被害者の遺族に対しては親の協力も得て損害賠償金として1800万円を支払っているほか,同遺族に対しては,自動車損害賠償責任保険からも保険金が支払われている。被告人は,逮捕されて漸くではあるが自らの行為についての反省を深め,一生をかけて償いたい旨述べている。被告人の母親も今後家族で力を合わせて,被告人の更生に協力していく旨誓約しており,被告人の友人も被告人の心の支えになりたい旨を証言している。被告人は,中学校の教員としてあり得べからざる事件を引き起こした以上当然のことではあるが,懲戒免職となった上,本件各犯行について広く報道もされ,相応の社会的制裁を受けている。また,被告人にはこれまで前科がない。

5 以上の諸事情を総合考慮すると,被告人を主文の刑に処するのが相当である。

(検察官の科刑意見 懲役12年)

 よって,主文のとおり判決する。

  平成14年3月25日

    神戸地方裁判所第2刑事部

        裁判長裁判官  森   岡   安   廣

           裁判官  溝   國   禎   久

           裁判官  伏   見   尚   子





TOPUPHOME